絶頂の空虚さ

義清(西行)と平清盛の会話より。

(西行)「…頂点というのは、動きのない場所だ。動きがないのは空虚だということさ」(清盛)「だが、それ(頂点に達する)までは充実し、危険をはらんで生きることができる」(西行)「それなら頂点に達しないほうがいいわけだ。誰も、あの空虚さの中では生きられないからな」(清盛)「いや、私はそれを味わってみたいな。もう上に昇るものがないという、絶頂の、その空虚さをね。それが味わえれば、生まれた甲斐があるというものだ」(西行)「君にはわかってないのだ」「あの空虚さは、死よりも、もっと無残なものだ」(清盛)「では、日々上昇していく営みは無益というわけか」(西行)「そうだ。無益だ」(清盛)「…だが、われわれ凡庸な衆生は頂点に向かって日々生きるしかない。上昇すれば何か今よりましなものがあると信じてな」
〜辻邦夫『西行花伝』104頁